手紙と花束.

日々のなんでもないことこそが大切で。楽しかったことも、そうでなかったことも。30代兼業主婦の、他愛ない日々を綴ります。

自分を、「残す」。

書きたいことが、2月中に幾つかあった。書き上げた記事の他に、である。

でも、書けなかった。

 

人気の場所へ出かけたこと。

映画の試写会へ行ったこと。

通販で海外の知られざるチョコを入手して食べたこと。

 

これらはきっと、人の目を惹くような、出来事であったと思う。

でも、書けなかった。

 

「書かなきゃ」になってた、というのが、まぁその理由なのだが、じゃ、何故そんな気持ちになったのか。

 

「私らしくない」、からなのかな、と思った。

 

人気のスポットは楽しかったけど、もともと人がモリモリ集まるような、大衆向けの場所は得意でない。

映画も面白かったし考えさせられる内容だったけど、こちらもきっと「大衆向け」なのである。(ストーリーや演技、良かった。しかし私は、主人公のファッションや生活スタイルに注目していた。帰宅してそのことを旦那に話すと、「さすが!つばちゃん!目の付け所が違う!!!(褒めてない。)」と言われた)

チョコも、紹介したくなるような美味しさと話題性があったと思う。

きっとなんにせよ、人が集まるようなザワザワする場所や、人が注目するような話題性のあるもの、そういうのは「私らしくないから、なんか違う」とどこかで思っていたのだ。

 

力が入って、私らしく書けなくなるから、とも言えるからかもしれない。不自然。無理に力を入れなければいけない。

そういうことだったんじゃないかな、と思う。

 

最近、カウンセリングや病院であったこと、先生と話したことをまとめたいのだけど、今はちょっと、まとめきるのが難しい(執筆中)。

気楽に毎日書いていけば、日々の記録になるのに、おばあちゃんになってからでなくても、振り返るのが大変なほどの記録になるかもしれないのに。気楽にかける記事だけでも、ちゃちゃっと書けばいいのだろうに。

 

それが、できない。

 

「知らないから」、なのかもしれない。いろいろと自分に関するであろうことを調べていて、でも新たな疑問や分からないことが出てくる。なんだか混乱していて、日々の物事を整理するところまでもっていけてなくて、そのまま毎日が過ぎていっている。「あれ…私今どこにいるんだっけ……なにを考えてたんだっけ……」を、ずっと、積んでいってしまってる。

 

出来るなら。

「重たい記事」はちょっとずつ書いてまとめていって。

好きな本のこととか、美味しいお茶のこととか、その日、思ったこととか。Twitterみたいに気楽に書けたらいいのにと思う。

 

「好き」と「自分らしさ」を

少しずつでいいから、ここに、積み上げていけたら。

振り返って

幸せな気持ちになれるよに。

もしく、は。

ああ、私こんな事考えてたのね、こんなことに向き合っていたのね……

 

そう思えたらいい。

自分のために、残していきたい。